『あ・じゃ・ぱん!』



、いったわけで『あ・じゃ・ぱん!』(矢作俊彦/新潮社/上・2400円、下・2800円)を読み終える(『あ・じゃ・ぱん!』風言い回し)。第2次世界大戦の後、東西に分断された日本が舞台の、パラレルワールドストーリーである。ベルリンの壁の崩壊時期のような激動する日々が、主人公であるCNNの特派員の目を通して描かれている。スタイルはハードボイルド小説を借りているが、ごりごりのものではなく、そこはかとないユーモアが行間に漂っている作品である。以前『スズキさんの休息と遍歴?またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行』を読んで、その独特のリズムとユーモアに惹かれていたのと、好きなジャンルである“パラレルワールド”ものということで読んでみたのである。
実はぼくにとって、“パラレルワールド”というのは、その小説を読みたくなるキーワードのひとつなのだ。で、これを読みながら、なぜ自分がパラレルワールドものが好きなのか、ふと考えてしまった。
自分自身、虚構世界で非日常を味わいたいという欲求はあるようなのだが、まったくの虚構(例えばマゼラン星雲の妖精と悪魔が敵対する星で、主人公である妖精が悪魔を倒すべく奮闘するお話とか)では物語世界に入り込むのに時間がかかる。しかしパラレルワールドものは、まったくの虚構であるにもかかわらず、舞台装置はひじょうに馴染み深いもので、現実との親和性が高く、物語世界に入りやすい。だが親しみやすいだけに、現実とはあきらかに異なるというねじれ感を、より強く味わうことができる。もしかしたら、こういったことに魅力を感じているのかもしれない。
閑話休題
この話の中で日本は、東日本が旧ソ連に、西日本がアメリカに占領され、東経139度線で、北は新潟の魚沼盆地の西端から、南は静岡県沼津市の南・狩野川河口まで、高さ50フィート、厚さ10フィート、全長355,474メートルの壁で分断されている。東日本は共産主義、西日本は民主主義国家となり、要するに旧東西ドイツみたいな状況になっているのである。しかもこの世界では、富士山は、エノラゲイにより誤って投下された原爆のため見る影もなく吹っ飛ばされ、それに伴う噴火で一帯の町を溶岩の中に埋没させてしまっている。
ストーリーは主人公がCNNに雇われ、特派員として西日本(公用語大阪弁!!)に入国することから始まる。日本びいきの彼の父親の影響で、主人公は大学で日本語を勉強することになり、結果、日本関連のジャーナリストになったのである。
主人公は東日本の反政府組織を取材するうち、大きな陰謀の渦中にはまっていってしまうことになる。パラレルワールドらしく、田中角栄が、平岡公威が、アーネスト・ヘミングウェイが“本来の彼ら”とは違う役割で物語に登場して、重要な役割を果たしている。

上下巻あわせて1000ページ強という量で、読みごたえは抜群。細かいギャグが随所にちりばめられ、全編をとおしてくすくすわらいが連続する。ただわかりにくい微妙なギャグが多く、理解するためにはさまざまな知識が必要で、全部のギャグを理解することができなかったのがちょっと残念だった。
だが、とにかくおもしろい話だった。まさに好みのタイプの小説だった。

『あ・じゃ・ぱん!・上』

『あ・じゃ・ぱん!・下』